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「年末も年明けもソウカンだぁ」

新年明けましておめでとうございます。

今年も宜しくお願い申し上げます。

早いもので年明け既に一週間がたった。

昨年末は、帰国出国ラッシュで最終は大晦日に出発された方を見送って年が明けた。

この最終で見送った方の手続きのねじ込み方は、半端ではなかった。

まさに2008年を有終の美を飾るに相応しかった。

年内のフライトとして予約のタイムリミットが迫ること90分前にオーダー!

あちらこちらへの連絡を千手観音のような手さばきで連絡を取りつけ、

何とかそれで年内フライトがかなった。

海外の仲良しプロバイダーに現地国で受けていただくようにお願いをし、

そのおかげで全ての業務はスムーズに進捗した。

特殊帰国者となってしまった通常帰国者は年末を自宅で過せるようにと空港へ向かう車中で急逝された。

その後すぐにこの特殊帰国者となった方の関係者と連絡が取れ、搬送開始という所でキャンセルとなった案件であった。

「地元の葬儀社に全て手配をかけたから・・」というのが理由であり、

「できるのかなぁ?」

と半信半疑の中この件は終了となったはずの案件である。

しかしその後、2日も経たない内に依頼を受けた葬儀社が、

どのような書類を準備していいかをクライアントに尋ねてきたらしく、

クライアントも「葬儀屋さんができるといったのには自信があるからでしょう?」

と一蹴したらしい。

しかし関係者はその葬儀社へ任せても無理だと判断した様子で、

我々にに再依頼が入りました。

しかし、ご本人の防腐処置は?

書類は?・・・・・・・・・・・・・

書類と防腐処置終了後からが我々の役務として線引きが行われました。

が、

防腐処置が終了したという翌日、関係者から連絡が入りました。

「葬儀屋さんが、遺体を預かってくれたが、再防腐処置を行なったほうがいいとアドバイスを受けました」とのこと。

いやぁ~~~~~これには困った。

葬儀屋さんも搬送費と安置料では、腹も立つでしょう!

再防腐処置はクライアント側より葬儀屋さんへご依頼いただき、

「最初の線引きの通りの役務を我々がはお手伝いしましょう」と話が付き、

再防腐処置は行なわれたのでした。

葬儀屋さん曰く、

とめどなく流れ出る防腐液や体液の漏れが酷く、

薬剤で10kgも特殊出国者は大きくなっていたらしい。

特殊出国者の「ご機嫌取り」の準備が進む中、

私は書類を作成しながら現地とコンタクトを取り、出国日に併せたアレンジを行なった。

我々のスタッフがこの特殊出国者を葬儀屋さんにお迎えに行ったときに報告の連絡が入った。

メイクがお粗末・・・

写真と別人・・・

関係者もあんぐり・・・・

結果、メイキャップを我々でやり直して欲しいと頼まれた。

現地家族をこれ以上落胆させたくないので

「がってんだぁ~!」

とスタッフは請負い、貴所した安置場所ですぐに再メイキャップを行なった。

最初から「特殊送還」のプロに任せておけば、全てスムーズに進むことをお忘れなく!

後日談として、本件はお客様とお話した際にもお客様側の「反省点だった」と後悔なさっていました。

2日間時間を損失したことは反省点の一つだと・・・・・

「あなた方に任せてからの段取りの早さと堅実な業務内容には驚いた」

と、労いのお言葉を頂きました。

葬儀屋さんは葬儀のプロ!

であり、

我々は送還のプロである!

今年もがんばろう!

今年初めはA380に乗ってシンガポール出張だー

といってるうちに又、母国への送還です。

今回は、北が付く南の地方からのご依頼です。

行政や公共機関が全てお休み中の御逝去の為、

お体のケアしか動けませんが、

「早急に取り掛かりましょう」と正月返上での業務です。

関係者も経験がないので・・・といいながらも海外に各拠点を置かれるような企業サンなので

こちらの説明も御理解が早く、こちらのリクエストにも即対応くださり

次々と業務が進んでいくのでした。

信頼いただいていると言葉のキャッチボールが早くミスがないのが本当に助かります。

感謝!感謝!!

しかし案件キーパーソンの方は、弊社に任せ安心もしたこともあり

「じゃぁ、私は先に特殊出国者の母国で待ってますね!」

と一足先に渡航していきました。

年明けの行政申請がまたもやったことが無いと「威張ってるお役所!」

九州スタッフに激を飛ばし、90分も掛かったが何とか手続完了。

すぐに空港へ向かわせ手続開始。

そこからが本店の担当となり、当該大使館との交渉。

日本語が通じない為全て外国語での交渉。

担当官が良い方でよかった!

認証もスムーズに行き全てクリア!

我々の用意した書類に眼を通した大使館曰く(以前の担当官が知らぬ間に代わっていた)、

「コーコま~でぇ、カーンペ~キにー、書類をぉぉぉ~作るのーデスかぁ?(外国語)」と驚かれていたそうな・・・

ちなみに葬儀屋さんは、日本語の書類しか持参しないので大使館の処理が大変らしい。

これからも宜しくね!と握手されたとスタッフの報告。

翌朝、特殊出国者は無事に母国へ到着したのでしたー。

明日からシンガポールへいってきまぁ~す。

特殊出入国管理主管

「夜間緊急出動」

さすがに夜は冷え込む季節になった。

先週の金曜日、自宅に戻り午後9時になろうとしている頃に携帯が鳴った。

いや、鳴ったというよりも震えた。

というのも、私は自宅で携帯電話を無音振動状態にしている。

「ぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅん・・・・ぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん・・・・」

と携帯が白い○テーブルで踊っている。

「はぁ・・・・」

とため息交じりで携帯を手に取る。

最近、疲れ易い。

今週も毎日、出歩いていたのでとても疲れていた。

「もしもし????」

「たいへんだぁよ!C県でさっきわが国の人が亡くなった!今から迎えに行ける?」

「病院はどこですか?」

既に頭の中で時間の計算を開始している。

PCで病院情報を探しながらスタッフに連絡をする。

1名確保(捕獲?)できたのですぐに準備を開始する。

家族を待たせちゃいけない。

急げ!急げ!

すぐに迎えに行くことを連絡主に伝えて行動を起こす。

夜間の緊急出動なんて何年ぶりだろう?

程なく病院に到着した。

すぐに連れて行って欲しいのか、病院側は家族へご挨拶する間もない位に

「早く移動を!」と言ってくる。

解らなくはないが少しは家族の身にもなってほしい。

家族が安心して任せたいと思わなければ、事はうまく進まない。

病院側には少しお待ち頂いて霊安室へ移動します。

スタッフと家族(女性)が、先に特殊出国者とのお別れをしています。

息子さんとその友人はその後に・・・・・・・

日本での最後のお別れです。

じっくりお別れをして頂いたので特殊出国者は寝台車に乗って我々のモルグへ向かいました。

到着は、深夜になっていたので簡単な残務を終えて帰宅した。

改めまして、ただいま!

プシュ!!

帰宅儀式も終わり、すぐに休もうとしましたが、

久しぶりの夜間緊急出動で興奮状態なのか、目がさえて眠れません。

と言うわけで、先程までの回想をしてみる。

このご家族の友人夫妻が、とってもいい方々だった。

もちろん息子さんご夫妻も最高に良い方でした。

片言の日本語で

「ありがとうございました。」

と90度に頭を下げられたときには、恐縮してしまいました。

親孝行として初めて本邦への旅行に連れてきたのだけれど、

突然昇天してしまい本当にお気の毒な案件でした。

安らかにご永眠ください。

特殊出入国管理主管

「誇りある役務として 2」

「誇りある役務として」の続き・・・・・・

週が明けました。

我が精鋭部隊、A支部隊長(分室)は、朝早くから行政機関に出向いています。

素人さんが記載した内容の死亡書類の為、訂正箇所も多く補足書類を準備済み。

確認!

再確認!

最終確認!

を行いながら何とか午前10時には書類の取り付け、

本部の確認も終了し書類は空港に運ばれます。

実はこの日の夕方には全日本特殊出入国管理局会議があるために

隊長も午後にはS市へ移動があります。

アレンジ通りのフライトに書類を搭載出来、H空港へと向かいました。

H空港ではフライト・スケジュールが若干遅延して到着した為、

その次の行動は時間として物理的無理があり、明日の朝一番に持ち越されました・・・

当然ではございますが、

全ての状況は国内外に拘らず、関係者に随時報告しながらの任務です。

翌朝には各員が手分けをして役務を行い何とか特殊出国の目途が立ちました。

しかし、肝心のD国金融機関の処理が遅いため中々前に進みません。

クライアントが海外におられると時差があるため悲しくなります。

「早く母国に返してあげたい・・・」

焦燥だけが募ります。

しかし、こればかりは致し方ない。

急いては事を仕損じる。

そして、全ての役務も終了しGO!を待つのみ。

受け入れ完了のサインがやっと来ました。

「緊急出国!」

一番早いフライトをアレンジし、

特殊出国者はやっと母国に帰っていきました。

A支部隊長も頑張りました。

全国での協力体制があるからこそ、

この様に迅速な信頼いただける役務が行えます。

類似業者さんにはお気をつけください。

関係される方や家族、そしてご本人が悲しがります。

日本人として、誇りある「弔い」の気持ちを大切にしましょう。

我々は全ての案件で国内の業者さんはもとより、

海外の特殊出入国管理官達にも称賛を頂いております。

「常に誇りある本邦邦人として国の内外に弔いの精神を・・・」

特殊出入国管理主管

「誇りある役務として」

先週の夜遅くに「ぴぃ-------------------------」と一枚のFAXが入りました。

D国からの問合せです。

既に雪に埋もれた北の国でD国人が昇天するかも知れない?

昇天した?

とにかく詳細がまだわからないのでなんともいえないですが、

特殊出国で幾ら位かかりますか?

D国人は、大きな人もたくさんいるので一概に$○○とはいえませんが、

「この位はかかるでしょう」とお返事しました。

お返事から又しばらくして新しい情報が届きました。

「ある病院で昇天しているから情報を取って欲しい」との事。

しかし日本は既に午前2時、

「明日になったら連絡するね!」と言って少しの仮眠に入りました。

翌朝、別の会社から連絡が入ったり、大使館からも連絡が入ったりと私の電話は大忙し!

夕方になり、更に別のD国の会社より見積もり依頼が入り、

最初と同じ金額を伝えました。

我々は、相手によって価格を変えたり仕事を取る為に

安く見積もる(こすっからい)ような事は致しません。

必要な費用はキチンと最初に提示します。

最初に安くても後から金額が増える詐欺行為の様な事は、

私は好きではありません。

いいえ、そういうやり方が嫌いなのです。

いつもご家族が疑心暗鬼にならぬようにキチンと説明します。

安かろう悪かろうでは国際霊柩送還は行えません。

法を遵守し、決められたルールと秩序をもって責任のある任務を行います。

倫理上にも問題がありますし、更に日本国民として手厚い送迎が必要です。

それ以前に人間として、騙す様な役務を提供してはならないのです。

安い金額に飛びつく方は、判らなかったので後で後悔なさるかもしれません。

この役務は「奥が深い」ので表面だけを取り繕うような特殊出入国では

その国の家族がお困りになります。

まあ、口上はこの位にしておいて・・・

さらにその日の遅くに一番最初に連絡が来た会社より正式依頼が入りました。

昇天から既に6日が経っていて特殊出国者の状態が心配です。

翌朝、早くから病院の担当者に連絡を取り、

我々の分室スタッフも打合せを終え、

昼前には大切な特殊出国者をお預かりしました。

しかし、この日は土曜日で地方行政は閉まっています。

特殊出国者のみを先にお預かりし、書類関連は、連休明けとなりました。

病院もカタカナ名の会社から多数の連絡が入り、

「何処が何の会社??????」と混乱模様。

そうですよね!

我々はプロで海外の関係者ともやり取りしているのだからこそ横文字に強いですが・・・・・

普通の方々は混乱してしまいます。

そして、恐れていた通りに特殊出国者は

「かなり機嫌が悪く」厳しい状態でした。

ご機嫌を直していただく為にも何とか処置を開始しました。

私にまだまだ安息の時は訪れません。

今回は、朝から深夜まで管理局長との共同作業でD国と日本国内の打合せを行い、

着々とアレンジをこなしていきました。

聞いた話によると先に行政手続をとって欲しいと何処からか病院側が言われたとのこと。

どのような書類を取得するように言われたのか伺ってみると、

全く見当違いの書類名を言われているので、

我々の分室長に訂正を掛けさせ、

改めて書類を受理する運びとなりました。

あわや、間一髪。

いったい何を考えていい加減な進言をするのか?

提出する書類内容も訂正部分が多く、

本邦における特殊出国者の最後の書類に二重線が惹かれるのは

誠に遺憾ですがこれも致し方ない。

病院の担当官は、言われたとおりに親切に対応しただけなのだから・・・・

何処の業者が間違った情報を伝えたかは知りませんが・・・素人は手を出さない!

教訓としてくださいね。

関係者各位も混乱するし、何より特殊出国者と家族が困るので・・・・

お願いしますね。

様々な混乱を整備しながら、確実な書類を取り付け週明けを迎えたのでした。

・・・・・・・・続く

特殊出入国管理主管

「フレンドリー」

風が強く寒いと感じる陽気となり、

私の肩の具合も一層悪く、

どうも体調が優れない日が続いています。

今週、同年代の方の最後のお手伝いを行いました。

この仕事を始めた頃、お客様の90%は年上だったのに、

今では同年代が多くなった。

それゆえに自分でも体調管理に気を使うようになりました。

しかし仕事柄、お付き合いも多く決して嫌いじゃないので

ついつい調子にのって飲みすぎてしまう。

そして翌朝は体に残ってる酒でいい気分の日が増えてきました。

これではいけないと自分でも思うのですが、

夜になるとリセットされ、また飲んでしまいます。

まぁ、これで精神のバランスを取ってると自分自身を慰めながら毎日生きています。

丁度1週間前の午後、お天気が良い日に久しぶりに自宅でのんびりしていました。

この日は、スタッフの休日調整の為に全員休み。

当直をしていた日のことでした。

今、3時半、あと2時間たったら「プシュ・・・!っと、いこうかな?」

そんな事を頭に浮かべたときに電話が鳴りました。

「M区○○病院で死亡のA人ご遺族が火葬を決められたのでお迎えお願いします。」

前日より打診と相談はあったもののどうなるかがわからない件でした。

スタッフに出動要請すればすぐに駆けつけるスタッフばかりですが、

今回は私も含めてのシニア2名対応で出動しました。

管理局長は私のバックアップとして動いてくださり、私はご家族担当。

病院について霊安室に向かうと控え室には故人のお子さん2名と会社関係者しか見当たりません。

配偶者がいるはずなので探した処、故人の傍らで肩を落とされている配偶者と

その体を支えるように長男が佇んでいました。

私が声をかけようとした時に二人が振り向き、

その瞬間私は自然とその配偶者を抱きしめていました。

昔からの友人のようにその配偶者はしばらく私の胸の中で泣き、

少し落ち着いた所で言葉をかけました。

「お迎えに来ましたよ!」とソフト・スマイルで話す私。

「ありがとう、待っていました。」と配偶者。

その後、控え室に移動して今後のスケジュール説明や彼らのリクエストを伺いながら打合せを行い、

1時間程で故人を連れて病院を出発しました。

しかし出発する間際に配偶者がまた泣き出し、

私は肩を震わせて泣いている配偶者の肩を抱きしめ、そしてハンカチを渡し

「心配しないで、私に任せて」

「お願いします。ありがとう」と

配偶者はうなずきながら私の手を握り締めました。

そんなやり取りに思わずもらい泣きをしそうになった私を乗せ車は病院を出発した。

翌日の行政申請は認証班、班長の出番です。

前日に申し送りをした時には「やる気満々」

頼もしい限りです。

当該役所に出向いた班長は無事手続を終えました。

同時進行でA大使館にも連絡し、全ての書類を外国言語に翻訳して明日の火葬に備えます。

行きがかり上、久しぶりにこの案件担当となったので最後まで局長と共にこの案件を担当しました。

通常の役務をこなしつつ、時間調整を行いとても充実した(?)日々です。

「やっぱり現場の仕事が好きなんだなぁ・・・」

って思います。

「初心忘れべからず」

その通りです。

誠意を持って接すれば、クレームは起きないし満足していただける。

火葬も無事終了し、明日は認証書類とご遺骨をお渡しする約束をして最後の日を迎えます。

最終日、朝早くからの約束時間に大使館へ出向きました。

事前打合せが完璧に出来ている為、

「あっ」

という間に仕事を終えて約束よりも早い時間に待ち合わせ場所に到着しました。

合流場所は、大使館傍のホテルのロビー。

時間を過ぎても来ないので場所がわからないかもと心配していましたが、

笑顔で配偶者が現れ「ホッ」としました。

本国に持ち帰る書類の説明や支払いを終えた配偶者に私は尋ねました。

「今回、弊社のサービスはいかがでしたか?」

余りある賛辞を満面の笑顔で頂き、久しぶりに現場で味わった喜びに対して

目頭が熱くなり「ジ~ン」と心に染みました。

最後に配偶者と抱き合い、今度は彼女から抱きしめられた案件でした。

この案件にご協力いただいた各関係者の皆様方に心から感謝いたします。

補足ですが、故人の会社ご関係者人事部の方は、

モデルと見間違うくらいに美しく、ナイスバディだったことが忘れられません。

「知的美人」って、彼女を指すことばだよなぁ・・・

素晴らしい同僚に恵まれた故人様でした。

さようなら、安らかに・・・

特殊出入国管理主管

「家族の絆」

それは2週間前程の出来事、

あるご紹介者よりの連絡で、国内のK県で危篤状態になった方の「もしもの時の送還」についての連絡が入った。

この危篤状態である方の義理の息子さんは日本に来てまだ5~6年との事でした。

難しい日本語は解らないが何とか意思の疎通を取り、相談にのった。

中東への送還を希望されており、外国語と日本語が絶妙に混在した(?)いまいち理解できない会話から始まり、

彼の希望を聞いてみた。

昨今、日本人が忘れている「家族の絆」としての感銘を受けた。

惜しみない協力をしたいと心から思った。

それ以来、暫く電話はなかった。

小康状態にせよ、「病状が安定しているんだな?」と思っていた。

ある日、明日から北海道出張という前夜遅くにあの義理の息子さんから一報が入った。

泣きじゃくりながらも約束したとおり電話してきた。

可愛いくなるくらいの子供のような泣き声で私に父の死亡を伝えた。

しゃくりあげていて話にならない・・・

時間を置いて今後の打合せを行うこととした。

1時間後に少し落ち着いた彼は再び連絡してきた。

彼曰く、自分は日本語が書けないので高校生の息子に電話を変わるから必要なものを教えて欲しい。

かなり不安を感じたが、故人からすれば孫に当たる彼に代わった。

その孫と話した感じはかなり幼い印象だった。

だから一つ一つ復唱をしてもらい、確認しながら話を進める。

この孫のバイリンガルは素晴らしい!

私と話した内容をすぐに母国語で両親に通訳してる。

打合せも終了し、

明日の朝、お迎えに行くということで安心していただき、

今夜一晩、家族水入らずでお別れをして欲しいと告げて電話をおいた。

翌朝、九州スタッフが病院に到着すると驚く程の人が病院に集まっていて涙々のお別れとなった。

きっとこの故人と義理の息子さんの人徳からだろう。

現場で対応した担当者は、別れが辛すぎて故人から離れてくれないから困った・・・と報告が入る。

今の日本で告別式中にこのような光景に出会えるだろうか?

昔の日本人は、こんなだったなぁ・・・

と思いながら報告を聞いていた。

紆余曲折があったが送還の目途がたった。

当該国の出先機関での認証日のことである。

約束していた時間に署名をしなくてはならない担当がイベントで出かけていない・・・

うっそ~~~~~

家族も唖然!

あんなに何度も連絡して時間を伝えたのにぃ~~~

航空会社にも書類が送れないし、担当スタッフも唖然。

家族から責められた当該国出先機関担当者は何とか書類を作り上げて

夕方の16:30に当該国出先機関を出発し、弊社に書類を届けると約束した。

ほんとかよ?

案の定、

18:30 こない・・・・・

19:00 当該国の出先機関担当者に連絡したら既に出発してる。

うっそ~車で30分しかかからないよ!

19:30 まだこない。

又連絡してみるが、電話を切られる。

20:00 まだこない・・・

再度連絡してみるととっくに出てる。

蕎麦屋の出前かぁ~?!!

20:30 やっと来た・・・

名古屋から来た位の時間がたっていた。

家族にも連絡し安心させる。

しかし、家族は出先機関のいい加減さに相当腹を立てたらしい。

打合せどおりの書類は無いし・・・

もぉ~最悪!

再度当該国の出先機関担当者に連絡して、

明日の訪問時までに書類を取り揃えてもらえるようにスタッフは何度も説明し、流石にグッタリしていました。

翌日、約束では午後2時の予定だった。

しかし午前11時にいきなり来社された。

3時間前である。

事情を伺うと、

昨日の約束を破られた件で家族が非常に心配して

朝一番で当該国の出先機関へ担当者を迎えに行き、そのまま連れてきたらしい。

拉致である!

家族にしてみたら自国の公務員が約束を守らねば腹も立つし心配だよね。

しかし、予定通りに空港へ故人をお連れして業務完了しました・・・

さようなら、安らかに・・・

特殊出入国管理主管

「スピードとクオリティ」

2008年8月11日

先週、H県でA国籍の方が他界した。

私と年がほとんど変わらない。

最近、特殊出入国者の年齢が自分に近いケースが増え、

「私もそろそろかなぁ?」なんて少し気弱になる。

設立当初は、何とか専門性がある特殊出入国管理局として成り立つように

自分でも出来る限り現場にも出ていた。

後発スタッフが育つのはありがたいが、やはり初心は現場にある。

お預かりから3日後に彼は、日本からA国へ旅立った。

現地空港に無事到着したかを確認した所、

現地の引受人(葬儀社)がなんと寝坊して、

到着時間に間に合わなかったという失態を起こしたらしい。

我々が手配した業者ではないが・・・・

あきれた話であり、在ってはならないことである。

どの国にもいい加減な業者はいるものであり、

怒りを通り越してあきれた顛末であった。

この方は、最近に無く大柄の方でCasketにお入りになられる際や、

梱包する際もスタッフが大人数で対応した方である。

もしものことがあったら特殊出国者の奥様にも、

母国で帰国を待ちわびている家族にも会わせる顔がない。

この暑さの中、スタッフは、汗だくになりながら何とか無事に空港までお連れした。

取扱航空会社の知り合いに連絡を入れると

「何でも言ってください。全面協力しますよ!」

と心強いお言葉を頂き日本国内は全て連携がとれてスムーズだった。

今日、案件のクライアントより聞いた話だが、

このクライアントの各国首脳陣がこの案件時にたまたま日本に集まっておいでだったとか・・・

ファースト・アクションから出発までの流れを聞いた首脳陣が言っていたらしい。

「特殊出国者を預かった日付けを間違えていないか?」

と、当者に聞いたらしい。

何故????

「東京から遠方の場所でお預かりした特殊帰国者を3日間で本国に送還するとは信じられない話だ」

ましてや認証が西と東と二手に分かれる案件で・・・

担当者は、鼻高々に言ったらしい。

「だって、不可能を可能にするのが特殊出入国管理官ですよ。」

「彼等でなければこんなに早く送還は出来ません!」

と自慢されたらしい。

涙が出るようなお話を伺い、

ありがたや、ありがたや・・・

ここまで我々の業務を信頼してくださっているクライアントがいる限り、

「特殊出入国管理局は永遠に不滅です。」

無事にセレモニーが行われますよう遠い日本よりお祈り申し上げます。

特殊出入国管理主管

「慣れれば・・・」

夏だなぁ~なんて感じているが、

昔は、もっとジリジリ暑く厳しかったように思う。

日陰では秋風を思わせるような風を感じる。

一昨日も東京はすごい雷で、地球が怒っているように感じながらもDVDを見ていた。

そんな時、ある事案を「ふっ」と思い出した。

それは、

「明日、元気で帰ってくるはずのご子息を迎えにくることになってしまった」と嘆く、

ご両親のお手伝いの事案だ。

事故・・・

顔中紫色の痣が出来ていた。

まだ20代前半で夢や希望に満ち溢れている年齢の男子だった。

彼のお母さんは、言った。

「まだ二人子供がいるので・・・」と。

ご自分に言い聞かせているようだったが、末っ子の男の子だけにかなりかわいかったに違いない。

そんな奥さんを黙って見守るご主人がいた。

「夫婦っていいなぁ~」って思っちゃいました。

最近、年のせいか涙もろくていけない。

先日も「となりのトトロ」を見てはポロリ・・・

と、そんな話をオフィスでしていたら局長が、あの作品って何処に泣き所があるの?

と不思議な顔で尋ねた・・・・

人の死に長年かかわっていると慣れる人もいるようだが、私は一向に慣れない。

むしろ仕事の覚え始めの新人時代のほうが感情移入が少なかったかもしれない。

新卒予定者の研修が、始まり2週間の研修を受けた中つ国の男子がいた。

彼は、自称(?)いいとこのお坊ちゃまらしく一般常識といわれるものの考えが少しずれていた。

掃き掃除の仕方を自己流でやるが、

私から見ると

「やる気あんの?」

グラスを洗えば、口をつける場所は洗うが、コップ全体を洗わない・・・

目先のことに集中すると周りが見えなくなり、

指示を受けた事の開始と終わりがあっても間が抜けてる!!!!

全てそんな感じのであったが、

でも憎めない子でした。

我がオフィスの自称(?)お局が、目を吊り上げて注意をすると、

思いっきり不満そうな顔をして、更にその注意も相手の目を見て聞かない。

私から見ると随分ちやほやされて育ってきたんだなぁ~って感じていました。

ある日、とある大使館からI県でS国籍の方が特殊出国者となった。

「家族が週明けに日本へ来るので宜しくね!」というオーダーでした。

チーフと共に研修生を現場に出してみた所、

前日に我がオフィスの先輩にもアドバイスをもらったりしたが、

何故か「ふにゃふにゃ」していると感じたので、私からも

\(≧∇≦*)/気合だぁ~~~

と、エールを3回も叩き込まれ、

いざ!!現場へ・・・・・・

現場から戻った研修生に感想を聞いてみました。

すると彼は、目に一杯涙をためながら、

(TmT)ウゥゥ・・・

「特殊出国者の家族の悲しみがすごく解りました・・・」

「何とかして力になりたいので、明日もこの案件を手伝わせてくださいと・・・」

まぁ~驚いた。w( ̄△ ̄;)wおおっ!

彼の人を間近で見るのも初めてで、

腰も引けたようでしたが、

怖さよりも任務としての責任感が芽生えたようでした。

その素直でピュアなあなたの気持ちは家族にも伝わるし、

何よりあなたに担当してもらったことで家族の気持ちが少しでも癒せたら、素晴らしいことだね!

とたくさん褒めてあげました。

そうするとこの研修生、子供みたいに泣いてたなぁ~!

。・゚゚・(>_<;)・゚゚・。

そんなことがあってからの1週間、彼は別人のように研修に励んでいました。

「目からウロコ」と言うが、

研修生の気持ちの中で何かが大きく変わった。

本人も言うくらい社会人としてのマナーや責任感が少しは身についたようで

傍で見ていて微笑ましくなった私でした。

ヾ(〃゚ー゚〃)ノヾ(〃。。〃)ノヾ(〃゚ー゚〃)ノヾ(〃。。〃)ノうんうん

ご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、

私の口から出る言葉は、

豪速球(ビーンボール?)なので気の弱い方は落ち込む方もいらっしゃいます、

が・・・決して嘘は言わないので「最初は怖くても」じきに慣れると

少しルーキーを脱した金の卵君も言っておりました。

「メチャクチャ最初は怖かった」って、何処が怖いの?と聞いてみた所、

何が怖いかわかんないけど私の存在感というか「見ただけで怖い!」って思ったらしい??????

∑( ̄Д ̄;)

意味が解りませんが、威圧感があるんでしょうか?

初対面の方に忘れられるよりは、一発で覚えていただけるという利点はありますが・・・・・・・

なんにせよ、無事卒業して元気に我がオフィスの門を開けてくれることを祈ってます。

特殊出入国管理主管

「ジキルとハイド」

送還が無事に終了した案件の後日談です。

この案件は、スタッフも各関係者の方々にとっても大変なケースでした。

その方からの第一報は、彼女(特殊帰国者)が荼毘に付された日の夕方に入りました。

「私は、彼女の前夫であり本日、桜田さんから連絡を頂き、始めて訃報を知りました。」

「今、どんな状況で彼女はどうなっているのか教えてほしい。」

と泣きそうな声。

我々は彼女に関る情報として、事前に前夫なる人物の情報を入手していた。

更に、当該大使館からも

「前夫から連絡が入るから事情を説明して欲しい」と依頼を頂いていたので、

その依頼通りに簡単にご説明しました。

一通り話し終わると「どうしても会わせて欲しい。」

その一点張り。

更に事情をご説明し、既に法的用件に満たない(除籍済み)方なので

我々の判断では、対面させられない事情をも説明しました。

そして明後日には本国のご両親の元に帰国されることをお話してやっとご理解頂きました。

その時点では、「わかりました。お世話を掛けますが、最後までよろしくお願いします。」

と実にお話のわかる方のような印象を受けました。

この会話の翌日の夕方、また連絡が入り

「やっぱり会いたい!会わせて欲しい」

電話対応したオペレーターに元妻との婚姻に至る説明から離婚するまでの経緯を

延々と愚痴を聞くオペレーターも困っておりました。

しかしながら「当該本国ご両親から許可を頂いていないのでご面会は出来ません」

と、再度ご説明しその日もなんとか電話を終えました。

いよいよ明日、本国へのフライトという夕方。

また前夫からの電話・・・・・

どうやら夕方前になると飲酒されているのか?と思うほど、

いささか言動も直情的に変貌し感情をぶつけて電話する方のように感じます。

この方が当該大使館に連絡しても業務終了後は電話も繋がらず(当たり前だが)

誰にも聞いてもらえないため日本語が通じる我々に電話をされるみたいで

電話が鳴るたびに先方の電話番号がディスプレイに表示される為、

オペレーターもため息交じり・・・

仕方なくその日は、私が対応しました。

すると・・・・・突然怖い人格へと変貌した前夫がここぞとばかりに

怒鳴りる

喚く

泣く

だから最悪!

この方相手に30分くらい延々と事の道理を説明するが全く聞く耳を持たず。

只、会わせろ(ゴルァ)の一点張り。

:(゚д゚)ハァ?

気持ちは解るが、本国のご両親が会わせないで欲しいと言っている以上、

勝手に対面させることも出来ず。

困ったなぁ~!!

取り敢えずご説得申し上げ、この時の電話で今後のご連絡は遠慮申し上げた。

この日の夜間は懇意にさせていただいている方の退職送別会にご招待を受け出席していました。

そろそろお開きになりそうな午後10時半ごろ・・・・・・・・・・

キタ━━━ヽ(ヽ(゚ヽ(゚∀ヽ(゚∀゚ヽ(゚∀゚)ノ゚∀゚)ノ∀゚)ノ゚)ノ)ノ━━━!!!!

前夫は最高値の飲酒を体内に摂取し呂律の回らない状態で

嫌がらせの電話攻撃を仕掛けてきました。

スタッフから、報告(苦情?)が届き急ぎ社に戻った私は、

事情を確認し全て録音に取られている内容を聞きながら、

大きな深呼吸をし構えていたところ・・・

キタ━━゚+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゚━━ ッ ! !

非裏社会に生きていられる方のような乱暴な言葉を使われ、

威嚇し脅す親父に変貌した前夫相手に60分・・・

幸い(?)脅しに屈するようなやわな神経は持ち合わせていない私にとうとう・・・

「ご迷惑を掛けました。すまなかった」と言わせた!!

_| ̄|○

長くてつかれたぁ~:(;´Д`)ハァハァ

電話を切る頃には先方も酔いもさめ、

矛先が違うことも理解され誤っていましたが、

(x_x;)ギブ

世の中には、自分の思い通りにならないと駄々を捏ねて

なんでもお金で問題解決しようという方もいるんだねぇ~。

筋が通らないことには納得できない私の気質が頑なに彼女の尊厳を守ったという案件でした。
(只の負けず嫌いと言われるかもしれない)))

翌昼、オペレーターが電話がなったとたんに大騒ぎ始めたので何事かと思いきや・・・

又、前夫!

W("o")W~~うそぉぉーっっ

さすがの私も「いいかげんにしろぃ!」と腕まくり状態になり電話を変わった。

凸( ̄皿 ̄切)凸

「昨晩は、大変、迷惑を掛けた。一言誤りたかった。」

??????

謝罪に来たいというので丁重にご辞退申し上げてやっと案件は終了しました。

そのあと当該大使館ご担当者に、彼女が無事に出発したことを報告したところ驚くような話を耳にしました。

前夫の被害を受けたのは、弊社だけでなく彼女の死亡に関った清掃業者さん、彼女の面倒を見ていた方々、

桜田さんたちにも同様の嫌がらせを行っていたと聞かされ

スタッフ一同、唖然とした案件でした。

┐(´ー`)┌やれやれ

本当に困った方でした。

特殊出入国管理主管

「職人気質」

数日前にある相談が入った。

東欧の国の方からである。

私はこの国の自称「名誉総領事」などと冗談を言えるくらい懇意にしている方からの相談である。

「死後1ヶ月の遺体でそのまま送還できますか?」

(OДo)はいぃ!? 

「もっと詳しく話して・・・・」と事情を伺う。

説明では死後一ヶ月らしく、

昨日、自室で発見されたとの事。

連日のこの暑さの中、1ヶ月の放置では

本国のご両親との対面は難しいことを静かに伝えた。

本国のご両親へありのままの状況が報告され、

その後の一切を請け負うこととなった。

そこで登場したのが、先日のケースでも大変お世話になった桜田さんである。

先週、桜田さんの会社に遊び(?)にいったばかりで

その翌々日にまたお世話になるとは・・・・

妙なご縁である。

この案件は殆どスタッフに任せておりますが、新案件の桜田さんもよい方だそうです。

翌日には被送還者のお迎えに伺いました。

壮絶な状態にもかかわらず、本人確認を行わなくてはならないので対面したそうですが・・・・・

さすがに桜田さんや大塚さんは、壮絶な臭気をものともせず森林の中

( ゚̄ ̄)~♪

にでもいるようなさわやかな対応で

うちのスタッフは頭が下がると報告がありました。(x_x;)ギブ

担当分野は、それぞれに違うけど持ち場のプロ(職人?)意識の高さには、うちのスタッフも敬服したそうです。

我々の業務も特殊な被送還者をお預かりすることも多々あり、

その瞬間のモチベーションの高さが問われる業務です。

今後もスタッフたちには素晴らしい出会いをして欲しいし、

その時にしか感じられない事に感動し、人を尊敬し、偉大な職人に育ってほしいと思います。

そんなスタッフたちが素晴らしい感動を味わっている中、

私は休暇中のスタッフを誘って協会の納涼会に参加し、

諸先輩方に揉まれながら楽しいひと時を過しておりました・・・・・・ヘヘ・・

特殊出入国管理主管

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