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「72時間」

随分長いことご無沙汰してしまいました。

永年の疲労からか昨年の夏以降、痛むようになった肩の具合が悪く、

業務でPCを使用する頻度も多いことから夕方近くになると腕もだるくなる為、

中々ブログまで辿り着けずにいました。

今日は、土曜日で比較的静かな日でしたので現在15:15ですが、書き込みを行なう気力が沸きました。

私の書き込みは怒りや喜びなど感情移入することが多い為、書き込み終わるととても疲労感を感じます。

でも・・・がんばろう。

半年近くご無沙汰だったので沢山の出来事があり、なにから書き込むかとても迷います。

2月の訪タイでは確か・・・書き込んでいたのでその後からかしら・・・

えっと・・・3月は・・・

そうそう、2月に慰霊祭を行なった地の夕焼けがあまりにも美しかったので

入社5年目の社員にご褒美旅行をプレゼントしたんだっけ・・・・

ついでに我が社のご老公もダイビングの資格を取るとかで、男2名でパラダイスに行ったんだった。

今後、骨を埋めてもらうには馬に人参ってところでしょうか?

彼らが楽しんでる間に・・・

そうそう、大変な案件があったんだ!!

前にも似たようなケースがあったけど、臓器移植のため24時間以上かかる地まで遥々向かい、

手術を前にご逝去された方の帰国をお手伝いしました。

全くのプライベート事案で現地との間をアレンジする人も無く、ご家族が困り果てていたケースでした。

諸官庁担当官より日本とは昼夜逆の時間帯である国の電話番号ひとつだけ聞き、

現地へ連絡を開始するのは深夜の0時過ぎから毎日。

3日間不眠不休でした。

お国柄判ってはいるけれど英語が通じない・・・・・・

片言の英語しか話せないドクターとのやり取り。

救いの神として現地国にある日本大使館領事部の方が同じような事案をお手伝いした時の担当者でもあり、

また、私を覚えていてくださったおかげで何とか、アレンジを行いました。

ドクターがご遺体国際輸送を知らない現地葬儀社に依頼をしていたので日本までの移送スケジュールを組み立て直し、

全てを仕切り直しした。

勿論リスク・マネージメントを考慮して・・・

その後、ロサンゼルスまで移動していたお嬢さんともコンタクトを取れた。

全てのやり取りを日本で首を長くしてお待ちになって入るご子息にも報告しながらの業務です。

日本時間の日中は国内業務を行い、午前0時からは南米地域とのコンタクトを図りの毎日です。

フライト前日には流石に明け方までの連絡事項となり、フラフラになった事を思い出しました。

ご家族や関係者が当時はどうなることかと思ったけど、

自宅に連れて帰ってくれたと喜ぶ姿を拝見すると苦労は吹っ飛びます。

そうそう、今回は今年入社の帰国子女が随分OPで奮闘してくれました。

新人のやる気は、新鮮でよいものです。

おかえりなさい。

特殊出入国管理主管

「最北端の海に思う」

先週末、案件が立て込んだ中で最北端の搬送を受け持つことになる。

ありがたいことに日にフライトが1便しか運行していない為に一泊できる。

翌朝の案件もあるが、業務が終了し6時間かけてJRで移動しても空港への到着は真夜中となり、

搭乗不可能な為に目的地近くの宿を予約できた。

久しぶりの訪問である。

前回来た時、私が搭乗する機材は天候不良の為に着陸することが出来ずに到着空港上空で長時間旋回していた。

何度も着陸を試みてくれた機長であったが天候回復にならず、仕方なく別のA空港へ着陸を余儀なくされた。

その後、航空会社がチャーターしたバスで目的地へ遠路遥々長時間、移動したという苦い経験がある。

そして夜の9時過ぎに市内に入り業務を行った。

更にホテルへ到着した頃は夜更けで夕食を取りようにも、どの店も既に閉まっており大変な思いをした、

という記憶が鮮やかに蘇る。

今回の訪問は何年かぶりだが、

やはり一面、雪・雪・雪、

気温は、マイナズ2度、飛行機を降りたときから寒い~~~~~~~~~~

しかし既に気持は業務モードなのでそれほど苦にも思わず、いざ移動開始。

東京から付いてきてくれたぁ~とご家族も親族も大喜びで歓迎してくれた。

人情深くていいなぁ~~~~~

お父さんからも大切なお迎えを頂き業務終了。

現地でも奥様が色々と報告や説明を伺ったらしいが、

殆ど頭に入らず的確な回答が出せないまま帰国したとの事。

全てご子息がテキパキと仕切ってくれたそうな。

頼もしい限りである。

最愛のご主人を見送ったが、立派なご子息が付いているので安心です。

丁重にご挨拶し失礼しました。

外は淡雪が降っており叙情的な気分になる。

海岸線を延々と走りホテルに到着。

明日も朝から仕事があるので早めにバスタブへお湯を張り、冷えた体を温めながら

恒例のプシュ!

で本日もお疲れ様でした。

このあたりも若い方は学校を卒業するとみんなこの地を離れているようです。

昔は5万人以上いた人口が、今では4万人を切るくらい減少したそうです。

仕事が無い。

漁業も衰退。

どこも苦しいのが現状。

甘やかしすぎかな?と我がスタッフの事を考え、反省した出張でした。

特殊出入国管理主管

「アドレナリン2」

前回のつづき・・・

さあ、飛行機到着です。

我々を影で支えてくださったE航空会社のご担当者様にも感謝です。

私は書類を抱え、少し離れた場所でお待ちのご家族様に面会せねばならず、

E航空会社のご担当者様には多くのご協力を頂きました。

この場を借りて、感謝いたします。

さらに我々を取り巻くご関係者は皆様一丸となり、応援してくださいます。

全てがうまく回りいざ、ご尊父様との対面です。

大変な胸中でありながらも冷静に私の話をお聞き入れくださり、

時には優しく、時には真実を・・・・・

言葉を濁しては真実は告げられないと判断し、正直に向き合いました。

その結果、私を受け入れたご様子でご信頼を頂きました。

その後、現場に戻ると既に作業中、

S県警との連携で「あっ」と言う間に出発の準備が整いました。

さぁ、これからが大変です。

ご家族が対面される・・・・

私もハラハラしながら小部屋の傍で見守りました。

泣き崩れるご家族。

ご母堂様はそれでも信じられずに小部屋の周りをグルグルと遠巻きに歩かれ、

そのお姿を拝見していると、痛々しくて私も涙が零れそうです。

ご母堂様が、意を決して対面された瞬間。

「息子だ(実際にはお名前を叫ばれました)たしかに○○だ。」

この言葉、一番故人様が喜ばれたでしょうね?

「やっと帰ってきたよ!父さん、母さん・・・」

と言う声が聞こえてくるようなドラマチックな場面でした。

気持も落ち着かれたようで、指定場所である病院へ出発です。

スタッフ2名が寝台車。

我々はバックアップの車両で随行します。

同日23:20に病院に到着。

待ち構えていたマスコミが一斉にフラッシュの嵐です。

バックアップ部隊は、少し離れた場所で待機し動向を見守ります。

解剖か?

検死だけで済むのか?

刻々と時間は過ぎていきます。

00:00、解剖決定。

我々はその場所を一旦離れ、アドレナリンの分泌を抑えるために待機しました。

早くても2~3時に解剖が終了との事。

2:00 今だ解剖は継続中。

その後、随分時間が経過した。

スタッフが道具を運び込み始めいつでも作業が行えるように準備。

夜明け前にやっと解剖が終了したが、既に4時過ぎ・・・・・

そこから修複開始、湯灌屋の若い女子は食い入るように見学してる。

時間との戦いです。

アドレナリンを致死量以下におさえて全開です。

解剖に時間が掛かった為、控え室で待機されているご家族も疲れがピークに達しているでしょう!

「1時間以内で仕上げろ!」

と激を飛ばしながら私も加わり物凄い勢いで処置を行ったのでした。

5時、作業終了。

その後、お父様より処置内容の説明が聞きたいと言われました。

検視官の方のご案内で控え室へと向かいました。

ソファに倒れこむように休まれていたお父様が私に向かい一言。

「あなたもいてくれたのか?ありがとう!」

笑顔で迎えてくだりお疲れの体を重たそうにイスに座りなおした。

私の報告をひとつ、ひとつ確認するようにうなずきながら聞いておられました。

注意点などもお話し、さあ!病院出発です。

朝靄の煙る中、寝台車はパトカーに先導され思い出の地を巡りをしながらご自宅迄。

昨日の大雨が嘘のような快晴、朝日が神々しく輝いています。

「今朝は、なんて気持のいい朝だ」とお父様がつぶやいたそうです。

ご自宅到着後は、マスコミのフラッシュこそ有りましたが、

無事にご安置し我々のお手伝いもここまでです。

「お帰り、綺麗にしてもらったね!」

ご家族のその声を聞き、その場のスタッフも胸が一杯になったそうです。

最後にお父様が、正座し頭を下げられ、

「本当にお世話になりました。ありがとう」

とおっしゃられた言葉が印象的だったそうです。

気がつけば24時間。

フルタイムで任務に当たりましたが、疲れも感じず相当興奮状態だったんですね。

留守を守ってくれたスタッフに後を任せ自宅に戻り仮眠を取ろうとしたとたん、

ドッと疲れが出たのにも拘わらず思わず、

「プシュ!」とやりながら夢心地へ・・・・・・

あけて夜中の0:30

お父様より「無事通夜が終わりました。本当にお世話になりました」

とのお礼の連絡が入りました。

「明日も式典ですが頑張ってください!」と

心からお話しすることしか私には出来ませんでした。

想像を超えた辛い経験にどんな慰める言葉も見つかりません。

後日、この案件に携わられた方々へ

ご協力の御礼かたがた

東京、名古屋、福岡とご挨拶に回ってきました。

改めてご尽力頂いた皆様に心から感謝しこの場を借りて御礼申し上げます。

ありがとうございました。

そして、おかえりなさい・・・

特殊出入国管理主管

「アドレナリン」

あの事件以来、既に二ヶ月が過ぎました。

そろそろ日記に書き残しておこうと思います。

「記憶も遠くなりつつある」、とある案件ですが・・・

日本中が、注目し驚愕しました。

どうなるんだろう?

助かるのか?

「邦人誘拐」A国へは日本で初のご遺体送還を行った我が社ですが、

その国で誘拐事件とは・・

TVをつけると必ず安否情報をニュースで流しており、

無事だろうか?と安否を気につつ生還を願っておりました。

私に一報が入ったのは、それからまもなくの事でした。

非常に残念な結果となり彼は無言の帰国を余儀なくされたのでした。

どのTV局も前面でニュースを流し現地での移動や検死場所、

A国国民の悲しむ姿などが次々と映し出され、人事とは思えない状況でした。

現地での協力体制の中、輸送準備が開始され日本側も事細かい打合せを進め準備が開始されました。

C県の空港は、大きな海外での事故、災害帰国者など対応経験もあり私も動きやすいのですが・・・

到着空港はA県の空港に決まり、

ご関係者と毎晩遅くまで連絡を取り合いながらご家族の意向を聞きアレンジを開始したのでした。

帰国当日は故人の死を悲しむかのような大雨。

私が関係者との管制役。

特殊部隊はグループの精鋭2名が対応。

更に殊管理局長まで対応していただきました。

移動中も私の携帯は殆ど鳴りやまず、次から次へと変更や対応の確認。

私の血が煮えたぎりアドレナリンが沸々と湧き出ているのがわかるくらい任務に燃えていました。

大地震の案件以来だな・・・?

なんて心の中で思いながら・・・

空港関係者お出迎えの中、すぐにS県から現場入りしていた検視官殿たちとの打合せが開始され、

プロ同士の打合せが行われたのでした。

Mofa関係者とS県警の中での打合せも話が良く繋がっておらず、空港作業を終えた後の搬送車を手配している?、とか・・・

検死の後の修複や処置は誰がやるの?、とか・・・

S県警は、湯灌屋さん2名を頼んであるそうです。

こういった事案のご遺体の状況を把握した上で湯灌屋さんを頼んでいた事にビックリ!!!!

我々の処置内容や技術内容を詳しくお話した所、

「全てお任せしたほうがいいね!」とのことでした。

結果、最後までお手伝いする運びとなりMofa関係者も「ホッ」とされていました。

何故ならご家族は最後まで我々をご希望されていたからです。

ご遺族様もMofaご関係者の中でも只一人の方としか話をしないという状況下の中、

受け入れ側の準備が進んでいきました。

その後、S県警本部の方々が来られた時、

検視官の方が弊社の業務内容を詳しく上司である方々に自慢げに話されていたのが印象的でした。

特殊出入国管理主管

「パンドラの箱」

昨晩の案件は、遅くまで本当にお疲れ様でした・・・

とスタッフに優しい言葉を掛けてあげたくなるような案件でした。

この件、当初からご家族が日本の葬儀屋さんと打合せが済んでおり、

空港へのお出迎えやお体のケアなんかも見積もりに入ってるとの事でした。

しかし、我がクライアントは

「国際霊柩送還業務をなめんじゃねぇ~」

「防腐を法律で禁止されてる国からの帰国者をそう簡単にお相手できる葬儀社はいねぇ~んだ!」

ってな感じで我々が担当することになりました。

(注:実際には言ってません)

葬儀屋さんからは、

「うちの商売を邪魔するのか!」

と悪態を付かれました。

お話を伺ったところ、湯灌部を今年オープンしたらしく自社で出来ると思われていたそうです。

我々も当然、葬儀屋さんを敵に回すつもりもありません。

帰国者の最後のセレモニーを請け負ってくださる方々です。

丁重に打合せを行い帰国日当日を迎えました。

当日、担当スタッフが合流場所へ向かい、ご関係者をお待ちすると

大勢の会社関係者様が空港でお出迎えでした。

さて、打合せを開始・・・・・

すると、その内のある方が

??あれ・・・・??

「以前お会いしましたよね?」

昨年末にお手伝いした会社の本店の方も来られており、

その方のおかげで打合せもスムーズに進み、いざお迎えに!!!!

そして、いつもの通り車にお乗せしたところ・・・・

????・・・んんんんん!!

危険な臭いがする・・・・

まるで、パンドラの箱を開けるがごとく作業を開始したのでした。

玉ねぎの皮をむいていると涙が出てくるごとく、

帰国者に近づいていくにつれ危険な臭いが増してくる。

さて、いよいよご対面・・・・

「ひっ・・・ひどい。」

事故ケースは何度も経験がありますが、事故でのお怪我よりも

朽ちてる状況の方が勝っており、

流石のスタッフも彼を前に腕組してしまい・・・・私に連絡を入れてきました。

「今回の帰国者は、津波時のときより酷いです。」

このスタッフ、いつもは自分の処置内容を先に考えて

「本日はこのように作業を行います。」

との報告からスタートするのだが・・・・・

今回は、相当悩んでるようだ。

悩んでいても時間は過ぎていく、

「出来る所から開始しなさい」の掛け声で

スタッフも大きく深呼吸をし、

覚悟を決め作業開始です。

事故でご逝去され、その上腐敗が相当進行していては、

ご本人もご家族もどんな気持ちであろう。

われわれとして誠心誠意に心をこめて勤めよ!

2時間が経ち、現場の様子を聞いてみた。

なっっっ・・・・なんと全てのお体のケアを行い、

さらに着せ替えも行った。

す・・・・素晴らしい。

それだけでも対面時の遺族の顔が目に浮かぶ。

「これより難関の頭部です、顔の修復処置に入ります。」

「了解!健闘を祈る!」

既に時刻は、23:00過ぎ・・・・

大汗を掻きながら奮闘してくれてることだろう。

ここで一旦、ご関係者に進行状況の報告を行う。

「お待たせして大変、申し訳ございません。」

「スタッフは、只今一生懸命ケアを行っておりますので今しばらくお待ちください。」

日も変わった午前1時前、担当葬儀屋さんから連絡。

「まぁだ終わんないの?長いんじゃない!会社の方も痺れ切らしてんだよね!」

痺れ切らしてるのは会社の方?と思いつつ丁寧に対応した。

午前1時半、現場より

「作業終了これより安置場所へ移動!」

「よくやった!よくやった!」

午前2時、安置場所に到着。

立会いは、葬儀屋さんと会社関係者。

スタッフが、時間が掛かった処置内容を細かく説明した後、ご子息様がご対面されました。

「葬儀屋さんは、これ以上に綺麗に出来るの?」

とご子息が尋ねたらしい。

「このままにしておいたほうがいいですよ・・・」

と葬儀屋さんが答えました。

帰国前に葬儀屋さんは豪語してた。

「うちに任せれば、問題ないよ!!」

この威勢は既にこの時なかった。

その後、この葬儀屋さんが何を思ったのか、

帰国者の足をいきなりご子息に見せて(おいおい!)

「こんなに酷い状態では自宅には運ばないほうがいい」と一言。

でもご子息は、

「母が、連れて帰ってくれと懇願しているので自宅に連れて行きます。」

ときっぱり!

葬儀屋さんはパンドラの箱を開けてしまった。

葬儀屋さんは、シブシブご自宅へ同行されました。

最初からご自宅へお連れすれば、早くご対面できたし、

あらゆる問題が解決したのに・・・・。

任務を終えたスタッフはそう思ったそうな・・・。

わがスタッフたち、本当にお疲れさん!

ゆっくり休んでください。

今夜もあるので・・・・・・・・・・

特殊出入国管理主管

「as you like...」

週末の日曜日、

朝早い時間、一本の電話がありました。

実は、N国で友人が危篤状態なので送還についての相談したいとの事。

家族は?と伺うとパスポートを持っていないから友人の立会いだけで送還できないか?

出来なくは無いけど・・・・家族が危篤なのに行けない?

そんな馬鹿な・・・・

なんとか患者さんがご存命中に家族に会わせてあげたい一心で、

あの手、この手と考えられる方法を伝授しました。

ご連絡いただいた方から丁重にお礼を頂きその日は何事もなく過ぎていきました。

それから2日後にN国に訪れることができたその患者さんの兄様より連絡がありました。

亡くなりました・・・まるでお身内の到着を待っていたかのようなタイミングで彼は旅立ちました。

送還の手順などを相談し、

N国との通信では何かと不便なので、

お兄様の妹さんが国内にいらっしゃるということなので

お電話を頂戴できる運びとなりました。

幸いN国には、知り合いの葬儀社もいるのでご紹介やらアレンジをお手伝いするべく

構えて待っていました。

間も無く・・・その妹さんから連絡がありました。

案の定、すっかり動顛していらっしゃり、

宜しくお願いしますとの事で話がまとまりました。

しばらくして、詳細を伺うべくご連絡したところ、

ご親戚が、葬儀社を手配した、空港の作業もできるといっているのでご迷惑をお掛けしました・・・

と呆気なくキャンセル!

おいおい・・・

またぁ~何処の葬儀屋さんだか知らないけど外国文章読めないじゃない!

どうするの?

国内線とは違うんだよ!

家族は比べようも無いから葬儀屋さんの言いなり!

縁がなかったということで相談は終了しました。

どうやって死亡申請したんだろう?

やり方によっては、保険も受け取れなくなるじゃん!

防腐処置してるのにお風呂に入れちゃうんだろうなぁ・・・・?

かからない費用まで請求されて・・・・・・

かわいそう!

兄様がN国へ行けたのも私の知恵を振り絞ったから・・・・

でも、兄様に会えただけいいかっ!

親戚の方も良かれと思って葬儀屋さんを探したことでしょう。

でもね、国際霊柩送還業務はそんな簡単なものではないんですよ!

後で遺族が困ることになる。

これからその大変さが分かるでしょう!

いいように使われて、任務を解かれてかなりがっかりした件でした。

特殊出入国管理主管

「援護活動への誇り」

前回から書き込みに随分時間が経ってしまいました。

この2ヶ月いろんな案件や、海外への出張があり、

初めての経験など、沢山経験をしました。

つい先日の案件では、

T県の葬儀屋さんから夜の8時近くに連絡があり

「あのー、成田空港でのご遺体の受け取りって出来ますか?」

もちろん!

弊社は、専門業者です。

「葬儀社ではございません」とお話を始めたところ、

明日の朝早くに到着してしまうとの事。

内心ひぇ~・・・・

と思いつつも事情を伺い始めました。

こんなに早く帰国するとは葬儀屋さんも思わなかったようで

葬儀屋さん自身もどうして良いか解らず、

方々から情報を取り付けて弊社の電話番号を入手したようでした。

何処からの出国ですか?

葬儀屋さん「I国です。」(キッパリ)

I国でこの航空会社????????

と思いながらその葬儀屋さんへ依頼した会社関係者の方と直接お話させていただくことになりました。

とにかく時間がない。

伝言ゲームなったら時間のロスである。

(||| ̄▽)/ゲッ! 既に21:00近い!

急がねば・・・・・・(ー。ー;)

会社関係の話だとI国のIという頭文字は一緒だが、

もう少し長い国名と判明し、更に成田国際空港到着後に

羽田空港からT空港へ仕向けるスケジュールでお願いしたいとの事です。

内心ひぇ~・・・・・・

時計を見る!

21:00過ぎ、( ̄д ̄;)ナヌッ!

至急契約を取り交わしながらあちらこちらへ連絡する。

両耳を酷使しながら国際・国内航空会社と交渉。

モシモシ♪(。-_-。)⊃―――⊂(。-_-。)モシモシ♪

明日の準備等を行いました。

やっぱり現場の仕事は燃える!

Ω(*'〇^*)Ω

時間が無い分は無いなりに何とかせねばならず、

普段使わない頭をフル回転させ23:00には全ての段取りを終えました。

o(炎_炎)o ウォオオオッッ!!

同時進行で局長を捕まえて、訳文をお手伝い頂いた。

Σ人≧δ≦;)タノンマス!!

明日の現場準備には、電話一本で新人の一休さんまでもが駆けつけてくれて

本当に我がスタッフは、素晴らしい。

(人∪`*)謝謝♪゛

急遽決まった明日のアライバルにも関わらず朝早い業務に、

いやな顔一つせず案件対応に燃えてくれるスタッフを誇りに思います。

(*^⊇^*)

ほぼ予定通りに飛行機が到着し、無事に羽田空港までお連れする。

そして予約便に間に合いました。

今回のお手伝いはここまででしたが、

T県の葬儀屋さんも外国文書が解らないのでご安置場所に到着後、

会社関係者の方と書類の打合せを行いました。

しばらくして、打ち合わせをした会社関係者の方から又ご連絡があり、

家族が綺麗な特殊入国者との対面を非常に喜んでくれたらしく、

御礼の電話を頂きました。

((●´_`艸)

担当者の方も永くこの特殊入国者の方とお付き合いがあるようで、

「今回は本当にお疲れ様でした」

と私が声をかけた途端、

嗚咽が・・・・・・つД`)・゚・。・゚゚・*:。ウゥウ

私もツイツイ貰い泣きしてしまいました。

(*TДT)人(TДT*)

翌日、留守中に再々度この方からご連絡があり、

「指示通りの書類で役所への申請が問題なく行えました。本当にお世話になりありがとうございました。」

との暖かい御礼の連絡が入ったと電話をとったスタッフから聞き、

心から援護活動に誇りを持った私でした。

(*´ー`*)

特殊出入国管理主管

「非常識」

今日は久しぶりに朝から某管轄局へ打ち合わせ。

午後帰社した。

帰社して早々に新案件の入電。

フライトの決定がまだらしく、明日明後日という急ぎの案件ではない。

4月と5月初旬にかけて海外出張、案件のサポートで息をつく暇もないほどの忙しさが続き、

今週開けには団体の帰国があったりでスタッフたちも疲れが見え始めた。

団体の帰国対応には、当社が誇るスーパーバイザーを責任者とし私は後ろで見守る役目に徹した。

家族や関係者への対応など良く頑張っていたと思う。

一番若手の社員からの報告によると他の社員たちも一丸となり、帰国当日の現場はかなり、熱い空気だったらしい。

新人君も奮闘した。

若手が育つのは、嬉しいことであり今後も頑張ってほしいと応援したい。

甘いだけの上司では教育が出来ないとは思うが最近の若い子達は、忍耐・努力・責任が欠落している。

我々の業務は「時間分働いてサラリーをいただきます」という感覚では勤まらない。

「何とかしたい!」「力になりたい」という心からの思いで行う業務だと思っている。

しかし、そうとは行っても無謀なリクエストには閉口してしまう。

我社は、法やルールを必ず守る業務を遂行しているので「特別に!」といっても出来ることと出来ないこともある。

法やルールを破ればその場の家族には良く思われるが、その他多くの方々に迷惑をお掛けすることとなる。

心では何とか意に沿うように力を貸してあげたくても、常識を超えたリクエストはお断りさせていただいている。

この信念で長年やってきたからこそ、現在に至るまで空港内においても事故が無く、

二次災害を引き起こさずに業務が遂行できていると思う。

完了するまでは100%安全とは言い切れない。

常にリスク・マネージメントを徹底し行動を起こさねばならない。

行きあたりばったりのアレンジでは素人業者と同じこと。

だから弊社の業務は法令を無視せず許可・認可・免許・資格を重視し必ず守る。

そして、何より「経験」である。

過日、桜田さんの関わる案件時に搬送に来た業者は「無認可業者(白ナンバー)」だったそうです。

桜田さんからその日のうちに連絡が来て「あれって違反車両だよね!」

その通り!認可も受けていない車両に特殊帰国者を搭載してはいけませんよ!

酷いものです。こんな業者が、空港に来て面倒を起こすのです。

営業区域を相変わらず守らない業者も多すぎて話になりません。

そのうち違反業者として摘発されますよ。

真面目に業務を行っている業者さんも沢山あるのですから・・・。

特殊出入国管理主管

「緑葉飲料なわ・た・し?」

今月は、目が回るほど忙しい。

出国ケア・入国対応・新人教育、そして事務etc・・・

仕事が山積み状態である。

この業務は、今日始めてすぐに実践をさせることが出来るほど安易ではない為、

人材育成に多くの投資を必要とし、芽が出て育って、立派な花になるのだが

85%は、枯れていく・・・・。

全てを把握しないと臨機応変に対応が出来ないからだ。

まぁ、プロフェッショナルといわれる仕事は概ねそうであるが・・・。

先週末の案件などは、いわゆる先生といわれる方から、

各関係へ圧力を加えた結果、

末端で動く者にとってちょっとシンドイ展開に陥りそうになった。

空港での業務内容をご存知のない方々や特殊出入国者の家族のみに焦点を合わせたスケジュールや

アレンジを行う為に主役が蔑ろになる可能性が多い。

我々は主役中心のアレンジを行う為、そこでギャップが生まれる。

でも・・・・今回は、現地国関係者とのやり取りには口を出したものの、

日本側のアレンジは当オフィスが誇るスーパーバイザーに全てお任せした。

車両の手配・当日の人材etc・・・・・・

山積みアレンジを黙々とこなしていた。

更に素晴らしいのが彼の部下である。

素直で目立ちはしないが職人のように決められた業務をコツコツこなしていく。

朝が早かろうが、夜遅くなろうが・・・誰も文句は言わない。

(文句は聞こえない?)

よく・・・ここまで成長したなと嬉しい限りである。

今回は特殊メイクを時間内で行う為、久しぶりに現場へと出向いた。

楽しい(不謹慎かもしれないが)・・・・

現場肌の私はやっぱり現場が大好きである。

特殊帰国者のご機嫌を取り、

話しかけ、

美しく仕上がっていく経緯を素晴らしいと思える。(自画自賛?)

無事に空港を各車両が出発し、

吹雪の中を走り、

横風をものともせず、

無事に目的地に到着。

国内でお待ちになっていたご親族方より賛辞を頂き、

更にご子息様からは本当にご丁寧なお見送りを頂き、

スタッフは感動したと報告があった。

昨年末も同じ頃に似たような案件(先生と呼ばれる帰国者の関係者)があり、

今回と同じ航空会社の関係者が関ったらしいが、

到着後のアレンジが滅茶苦茶らしく、

行き当たりばったりで段取りも準備も無く、

かなりのロスタイムと収集がつかない状況で

大変な思いをしたらしい。

このときも搭載できないような車両を用意していたらしく、

案件終了後に弊社までお礼の連絡が合った。

ここだけの話だが、実はお節介者の私が事前にハンドリング会社と打合せを行い、

国内葬儀社に対しての注意点を伝えておいたため、

何とか引き渡せたとのことでした。

でも・・・心配でその時の担当者は、

梱包に付きっ切りで案件を終えた後にため息を漏らしていたらしい。

いつも思うことだが・・・

なんで?日本の葬祭業者さんは

“出来る”

とか

“やったことがあります“

とか

”やれます“

っていうのかなぁ?

私もどの様な式典でも仕切れますが・・・

(ライセンス所持者)

我々は式典業者ではありませんので

式典は行いませんとキッパリお断りします。

その代わり式典を希望する家族には親切で信頼の置ける式典業者さんを紹介しています。

他社さんのように紹介しても紹介手数料もいただきません。

紹介料を出せるならその分を家族に還元。

別の形で家族に還元してあげてくださいとお応えしています。

ずるいのは嫌いです。

癒着や賄賂はもっと嫌いです。

そうでない国が世界中にたくさんありますが、

正直に生きて特殊出入国者やその家族に向き合う蒼くさぁ~い私です。

まるで、健康に良い緑葉飲料みたいですが

今年もおあくさぁ~く、がんばろう!

「まっず~い、でも、もう1杯!!」

特殊出入国管理主管

「コマッタチャン」

ある国でのお話です。

この方は事故で死亡され損傷が激しかった為に

現地で荼毘に臥され出発とは違うカタチで帰国されました。

特殊帰国者の配偶者は突然の事故死のために

かなりの精神的ダメージをお受けになっているとの事でした。

この案件に携わる方々もお世話が大変で困り果てている様子。

そこに更なるアクシデントが・・・・・・Σw(゚д゚* )w

書類の間違いがあり、もぉ~大変!

(゚д゚ノ)ノ ヒィィ!!

あっちに連絡・・・Σ( ̄▽ ̄ι)

こっちに連絡・・・(Ⅲ゚Д゚Ⅲ

書類を作成し・・・φ(・ω・` )カキカキ

交渉し・・・・・・

交渉はF県S市役所。

(-_~-)んんんんんんん・・・・

複雑な説明がわかるだろうか?

非常に不安なので最初に先に管轄上層局に連絡して、

仲良くしてからS市役所戸籍係との交渉を始めました。

管轄上層局の効力が利いたのか以外にスムーズに事は進みホットした・・・

のも束の間!

S市役所の別の部署から連絡が入りました。

許可を出すに当たりこの判例や事例等、何故こんな手続きになるのかを教えて欲しい・・・

┐(-_- )┌ はぁぁ?

あきれた、あきれた、あきれた。

「それはあんたの仕事でしょう?」

と思った私。

そんなこちらの感情は気にもせず、

「どこの条文に書いてあるの?」

「なんでこうなるの?」

「教えて、教えてぇ!!」

・・・・私、唖然・・・・・・・・(||| ̄▽)/ゲッ!

大切なお客様が困らせる訳にも行かず

「教えるのはかまわないけど、私も色々勉強してるから話せることであり、

公務員のあなたが、努力もせずに民間人に手続き方法を聞くとは・・・あきれたぁ」

とつい、言ってしまいました。

仕方ない、

情けないなぁ、

と思いながらも家族が困っては大変なので、事細かくご説明しましたが、

私は国や地方行政から給料を頂いていないのに

頂いている方に本来の業務説明を行うことはどう考えても腑に落ちない。

情けないなぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・

それでも心配なので翌朝に「コマッタチャン」に連絡を取ったところ、

昨日、こちらが説明したとおりに受理し手続きは終了したとの事。

はぁ~良かった。

「コマッタチャン」が一言・・・・

「あなたの言ったとおりに手続きをしましたよ!」

唖・・・然

すこしゃぁ、自分の頭で考えろ!!

ヾ(`□´)ノ〃ウガー

ってまたがっかりした案件でした。

特殊出入国管理主管

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